だから、会えるときに会っておくんだ。

人間なんて明日どうなるかわからないのだもの。

一緒に歩く、一緒の空気を吸って、同じ時間を過ごす。

そうして学び、体から入れ自分のものにして、いつか、いつか。

師。誰がなんと言おうと私にとっては大切な大切な、いや、「だいすき」な師。

『海に生きる男』(澤村系)と『佐渡情話』(大川系)。

(さいきんは森川でも新作(じゃないけど)として出してるらしいが)

たぶん大元は一緒や。と、今気づいた。

海にしとくか佐渡おけさをモチーフに入れるかという「飾り」の違いだけで。

元は近江系と役者から聞いた、が心許ない、もっと古い役者に聞いてみよ。

あのね、大衆演劇、旅芝居

それは生活なの、人生なの、生きることそのものなの

客席という場所で高みの見物でいい気持ちになってる能書きお客さん

カシコ系気取り、知ったか気取りのお客さん

どうかどうかどうか好き勝手なことを言わないで

わかったようなことを言わないで

自分の理想を押し付けないで

本当にそう思います

私だってわからないよ、わかってないよ、わかりきってないよ

けれど痛いほど痛いほど側で観てきて関わってきて接してきて

だから本当に思うのです

「いい芝居見せてやるよ」

その一言でなんでも出来る、わしもがんばる、生きる。

まだまだ勉強。もっともっと。

マダマダ軽い本当に軽い、薄い。

なのにすぐええカッコしたがるカシコそうに見られたい俗な欲や

他人と比較して自分が凄いと思われたいなんてアホな欲にとらわれる自分がまだ居る。

そうじゃない。

それじゃいけない。

それじゃ書けない。

おろかしい。

 

ちゃんとやさしくあったかく、

自分のためじゃなく、みんなのために。

のーがきたれたくないんだよね。

カシコぶってカシコそうにわかったようなことをわかったように言いたく書きたくないんだよね。

ちゃんと知ってちゃんと理解してちゃんとあったかく皆にわかる言葉で。

「人間」を。